ひとつ忘れていただきたくないことがあります。それは、何があろうと、私どもはご相談者さま、たち、の味方だ、ということです。福祉の仕事は無条件でお客様を信頼し、寄り添うこともあれば、必要に応じてご提案を差し上げることもございます。
ブログには、かなり厳しいことを書くこともございます。それは長期化した「ひきこもり」「高齢ニート」の問題が美辞麗句で片付けられるようなことがない、ことによります。
たくさんの人たちの「無条件の愛」と、なんとしてもひきこもりから脱出しよう、という「エネルギー」とそれを支える「こころ」、そして何よりも大切なのは「正しい知識」です。
残念ながら、私どもの門戸をたたくときには、すでに、「条件付の愛」が渦を巻いていて、エネルギーは最後の力を振り絞るような状況、そして、知識ときたら、まあ、聞きかじりの精神医学で自分自身が無理やり信じ込もうとしているような状態です。
どうしても、公的機関やそれなりの肩書きを持つ人たちが、彼らの権益を守るために振りかざしている理論や概念は浸透度も強く権威も持っておりますから、私どものような、実績も経験もあるけれども弱小法人ではなかなか信頼に足るものではないとお思いになるのも、まあ、無理はないところではございます。
しかも、ひきこもりの親御さんというのはプライドは高いけれども自分に自信がなく、その人基準の「世間の目」に敏感(一般的には近所の人は、その人のうちにニートがいることはみんな知っていることには気づかない)、さらには(知りもしないくせに)SPEC至上主義だったりもしますので、いきなり侮蔑的な電話を平気でかけてきます。
そもそもが、お子様や親戚のことも信頼できないくらいですので私たちのような「赤の他人」を信じていただくことは不可能と判断されます。
困っているのにSOSを出せない、そういうご家庭がほとんどなんですよ、と一般論としてお話をいたしますと、なかなかご理解をいただけない。「プライドが邪魔をして」といっても理解されません。
「身内の恥をさらして、そんな惨めな思いをするくらいなら餓死したほうがよほど外聞がいい」とでも思っていらっしゃるのでしょうか? それに巻き込まれる家族や先祖は満足するのでしょうか? もっと、「お金で利用できるサービスがあるんだからお金で解決してもらおう」と思っていただけないのでしょうか?
「おくりびと」という映画がありましたよね。最初に体験するご遺体がトランスジェンダーのかたで戸惑うシーンがありましたがふつうはそんなことはないでしょう。
餅は餅屋と言いますが、葬儀屋が、何百、何千というご遺体に接しているように、私どもも何百、何千というひきこもりにふれています。するとなんとも思わなくなります。
ひきこもりには、意外にも天才が多い、みたいなことをレポートする失礼な作家もいますが、私の知人の作家やクリエイターたちは基本的にはひきこもりです。自営業で商業やサービス業以外はほとんどひきこもりに近いのではないでしょうか?
ひきこもり、と私たちの間にラインは存在しません。だから私どもは何年ひきこもり、とか、あんまり考えません。そんなの軍隊とかボーイスカウトじゃあるまいし、そういうくだらないSPECってどうにかならないか、と思います。
ひきこもりになった経緯などは重要です。しかしそれは新聞などに登場する表面的な経緯ではありません。ひきこもりのかたと他者との関係性を読み解いていく必要があるのです。100人の人間がいれば順列組み合わせで何万もの人間関係があります。それを読み解いていき、何が障害になっているかを「感じる」。それが私どもの仕事です。
私どもは「感じる」を大切にします。コミュニケーションの達人たちでしか身につかない能力と言うものがありまして、そういう人たちはふつうの人たちが気づかない、見落としてしまう、言葉の端やしぐさなどから、非常にたくさんの情報を吸収します。これは本当に達人同士の会話でわかることです。
私どもの中には表裏のある人間はいません。もちろんオトナですから、ある程度の、そう、口にしてはいけないことは言わない、とか、NGワードは口にしない、とかはありますし、ポジショントークをすることはありますが、基本的にはすべてをさらけ出すことで、ご相談者様の信頼を得るようにしています。
ご相談者さまにもそうであって欲しいのです。しかし、ご相談者さまが親御さんのばあい、そうなっていただけるところまで到達するのにはとてつもなく長い時間がかかります。本当に、なにか便利なスイッチとか呪文とかボタンがあるなら、それを押したいところなのですが。まぁ、そこが私どもの至らなさでもあるのですが。
その「ボタン」まで発明できたら、8050問題の解決スピードはもっと速くなりますから、まあ、これまで何十年と高齢ニートの問題を解決できなかった、競合他社さんはがんばって開発して欲しいものですね。
本当に、気が遠くなりますよ。もうご相談者様は80歳を越えているんですよ。もういつ死ぬのか、いつ倒れるのか、というのにまだ「私は子育てに失敗した情けない人間ではない」ベールをかぶったまま、この下にベールは何枚あるんだろう、と思いながら、少しずつ心を溶かしていくんです。
ひきこもりで苦しんでいるお子様を助けたい、というお話だったはずなのに、いつのまにか、お母様のプライドはどうしたらたもたれるか、みたいな話になっているんですよね。そりゃあ、こんな親を持てば誰でも引きこもりになるわい、と、プロの目からは思えるわけです。
たいていのものがそうですが、隠そうとすれば隠そうとするほど一番隠したいものが何か、は浮き出てくるのです。ですから、そういう会話を20時間ぐらいすると、たいていは見えてくるのですけど、とっとと話てくれないかなあ、とか思うんですね。もうその間にいいかげん当方も疲れてしまうので。
最後に、救出のプライオリティについてお話しておきます。ご相談者がどなたでありましても、私どもはひきこもりのかたの救出を最優先に考えます。しかしながら、ご相談者ご自身がすでにある程度病まれている場合、もしくは、今後、ひきこもり救出にあたって、心構えが必要な場合、さらに、ひきこもり救出を途中で翻意させないために、ご相談者さまに対するカウンセリングおよび教育を施す場合がございます。
なんで私がこんな苦しい思いをしないといけないの? お金を支払うのに、という不服も当然出てくるとも思います。しかし、その「苦しい思い」を、ひきこもりのかたと共有していただくために必要な道のりなのだ、とご理解くださいませ。
また、私どもでは、私どもの独自プログラム以外は、できるだけフリーの心理テストなどを使用するように考えております。これは、有料のテストが高い割にはそれほどの効果がない、という側面もありますし、なるべく廉価にしたい、という思いもあるからです。
最後までお読みいただきありがとうございます。