ひきこもりのきっかけとして、新聞報道では「人間関係がうまくいかなかった21%」「職場になじめなかった19%」というデータを報道していた。わずか47人からの回答で、である。

わずか47人ということと複数回答ということを聞いていないと、あたかも24万人以上のひきこもりは、コミュ障(コミュニケーション障害という侮蔑語。知らない人と良好な人間関係を作り上げることが苦手な人を指す場合が多い)なのか、じゃあ、しょうがねえな、と思われてしまう。

ふざけるな、だ。大新聞や政府がよってたかってコミュ障たたきとは恐れ入る。

ところが、この狭い世界の重鎮(ちゅうても彼が解決できていないからひきこもりが増え続けているんだが)が、ひきこもりは周囲とのコミュニケーションがうまくできない、というようなことを著作や講演で述べているらしく、そういう設問も出たり誘導されてしまうことにもなっている。

二つ大きな誤解がある。一つ目は、コミュニケーション問題はひきこもりのきっかけに過ぎず、主因ではない、ということだ。つまりコミュ障を治してもひきこもりはなおらない。

二つ目は、筆者が見る限り、日本人のコミュ障率は、ひきこもりのコミュ障率と比べ有意な差がないということだ。早い話が、日本人はコミュニケーション障害だらけなんだよ。

そんなことは、外国のホテルのレセプションの人間なら誰でも知っている。あるとき聞かれたことがあるよ。「日本人は英語を勉強していないのか?」

「いや、そんなことはない。たいてい大学出だし、海外旅行するようなやつらだから10年は学校教育で勉強している」「じゃ、なんであいつらは鍵をよこせ、しか言わないんだい?」

この会話をしたのは、阪神大震災があった年だ。その頃はスマホもなかったから、google翻訳もなかったし、海外旅行6ヶ国語会話集なんて本も買ったけど結局読まなかった。旅行で使う程度の英語は中学生でも話せる。

そのときはマラッカの安宿のレセプションのマレー人だったけど、彼だって別に英語が母国語ではないんだよ。でも2時間ぐらい、いろんな話をしたよね、閑だったし。

結婚してるのかい、とか、彼女はいるのかい、とかいう話とか、互いの文化の違いの話をするのでもおもしろかった。けっこうマレーシア人ていいやつジャン、と思った。

アメリカ人ともけっこういろんな話をするよね。いろんな国の人たちとすごくつたない英語で話をするけど、それでも冗談を言い合ったりしてけっこう楽しいんだ。だけどね、連れの日本人とかいても、みんな黙って会話を聞いているだけだよね。みんなコミュ障。

それは日本にいても同じことさ。仲良しの友達としか口をきかない。しかもどうでもいい話しかしない。「あいつ沼ってね?」とか他人を嘲るのが楽しいらしくて聞いていて気持ちが悪くなる。

LineとかFacebookでも傾向はほとんど変わんない。Lineはとにかくくだらない。もう、さしさわりのない話題ばかり。Facebookは絶望的にどうしようもない。若者がやらないのも無理ないよ。だってバカが「私はバカです」って書いてるだけなんだ。

どこかのフリーライターが脳内妄想だけで書いた記事のリンクを貼って、「世の中間違ってる」みたいなことを、いい年こいた爺さんが言うわけだよ。それに何十もいいねがついて。全員コミュ障と言わずしてなんというんだ。

いい年した爺さんは、「世の中はおかしいかもしれないが、俺がなんとかしてやる。そのためにはこれをこうする」と言うのが筋だぜ。俺はそうしているよ。

だって、いい年した爺さんがそれを言わなかったら、誰がそれを言うの? フリーライターはただお金がもらえるから記事を書いているだけだぜ。フリーのライターさんは、お金をもらえれば本当にどんな記事だって書くからね。どんな記事でも書けるっていうのが、彼らの職業倫理なんだから。

友人にライターさんはたくさんいるけど、もう本当に食えなくなってきているんだよ。もう欧米では英語の記事は人工知能が書くようになってきちゃってるんだ。つまり事実だけを書くなら人工知能でできちゃうんだよ。

だから、ライターさんは顧客の要望に応じて、あるいは、ヤフーニュースとかが望むであろう記事内容を考えて、それらしい記事をそれらしい統計を使って恣意的に書くんだよ。恣意的かつ過激な記事を書くんだ。

それがヤフーニュースとかバイラルメディアとかキュレーションメディアと呼ばれる、「パクリだけで作られてるニュース専門サイト」に取り上げられると、そのライターさんの持っているサイトのアクセス数がドカンと増えて、広告料がショボンと入ってくる。それでも一回取り上げられると5000円くらいになるというから、ライター収入としては悪くないんだよ。

ライターって、ページ5000円から3万円くらいなんだよね。原稿用紙じゃなくって。最近の週刊誌の特集なんて2ページしかなくて、写真もほとんどなかったりする。それの原価がせいぜい6万円なんだよな。

6万円で一週間かけて取材するかよ、あなたはどうですか、って話なんだよ。まあ、ライター稼業は売り上げ年300万円行ったら一人前、と言われるので、一発で6万円ていうのはかなり大きな数字なんだ。でも、なかなかページ3万円出してくれる媒体もないし大御所ライターもほとんどいない。

もうね、「写真家」なんてほとんど廃業だからね。だって赤ちゃんが持ってるスマートフォンのカメラが昔数百万円していた機材と変わらないわけだからさ。文筆業もほとんどオワコンなんだ。

本の執筆に至っては、ほとんどの出版社が初版2000とか3000だからね。文庫であろうが新書であろうが。もうハードカバーは重いから新書書下ろしが一般的で、たとえば筆者がひきこもり本書いたとしてもおそらく原稿料が18万円にしかならんのだよ。

増刷かかっても2000部ずつしか刷らないから(そのかわり人気があれば一ヶ月で4刷りとか増える)、18万円ずつちまちま入ってくるんだ。もうそれは運しだいだからね。

本一冊書くのに、だいたい一週間はかかるんだ。材料がそろっている上で。ただ、ここに図表とか入ってくるとすごくめんどくさい作業が入って、図表一枚作るのに半日以上かかる。すごくパフォーマンス悪いわけさ。

書いたあと、編集って作業があって、あそこをこう直せ、とか見出しつけたりタイトルつけられたり、で結局2週間かかる。そこで18万円もらえるか没になるかが決まる。

書籍ってのは、今の基準だと5刷りくらいまでいかないと出版社の儲けがでないんだ。だから、あたらないともうその出版社では当分本を出せない。いろんな出版社から本を出している人が多いのはそういう理由もある。

つまり書籍にしたところで、雑誌にしたところで、インターネットの無料記事にしたところで、結局は署名記事だった場合、その人が信用できるか否か、だけなんだ。だから編集部の都合ででっち上げられた記事になんの価値も説得力もないんだよ。

ところが、そんなものを引用して、まるで自分の意見であるようにFacebookに、ほかのひとたちのいいね、をもらうために上げている年配の男性の方ってどうなのよ、と思うんだ。それを見ている若者はどう思うかって言うと、ああはなりたくない、と。

いったい、いい年して自分のオリジナルの意見はないのかよ。ないんだろうね。50年も60年も生きてきて何やってたんだよ。それで仕事が勤まるのかよ。勤まったんだろうね、昔はね。今はそうはいかない。今の日本は世界の一部だからね。

筆者が、とある、当時有名な企業に入って驚いたのは、初めての会議で発言したら「こんなことはこの企業始まって以来のことだ」とか驚かれたんだ。腐ってるよね。その企業はほとんどの会議が偉い人の独演会なんだって。そりゃあ日本経済ダメになるよね。

もう、アラフォー世代でも全然話にならない。テレビの街頭インタビューで「あなたの意見を」に対して「XXXXかな、と」言う人が多いよね。よく聞いていてごらん。けっこうたくさんの人が言ってるよ。

「私はこう考えます」「こう思います」じゃないんだよね。なんなんだろうね、あの「かな、と」は? 「社内のガバナンス統治が不足していたのかな、と」とか言うんだ。え? それ他人事ですか? 自分の考えじゃないわけ? え、てめえの考えを聞いているのに、誰かの意見を引用しているの?

ものすごくいらいらしてくるよ。いくら意見を聞いても「ウィキペディアには」「ヤフー知恵袋には」そうじゃなくて! あんたの意見はどこにあるの? あんたは実在するの?

ざっくり言って、日本人の8割以上はコミュ障なんだ。200人の前で質問できるのは本当に一握りしかいない。だから、ひきこもりがコミュ障なのではなく、ひきこもりの方が優秀なんだよ。日本企業ってのはコミュニケーションを弾圧・封殺するからね。それに負けてひきこもりになってしまうとしたら無理もない。

ただ、きっかけとしての コミュ障 とひきこもっているときの コミュ障 とはちょっと性格が違う。ひきこもりっていうのはひきこもっている間の時間が止まってしまうから、現代の人と普通に話をすることができなくなる。それで コミュ障 扱いされる。

他人との距離のとり方もわからなくなる。ただ、この他人との距離のとり方っていうのはそれぞれの会社や地域の風土とかによるところがすごく大きくて、個人差もすごいので、ロールプレイとかやっても意味がない気もするよ。

ひきこもり期間が長いと、他人と会話しないから、本当にしゃべれなくなるんだ。しゃべり方を忘れてしまうんだよ。だからどもったり、言葉が出なくなったりするんだ。そこであせればあせるほど言葉が出なくなる。

それは本当に訓練しかない。「おはようございます」「よろしくお願いします」「お疲れ様です」「ありがとうございます」「失礼します」何度も何度もばかみたいに繰り返して発音して、鏡見ながら無理やり笑顔作ってあいさつしてから頭を下げる、っていうのをやるしかないんだ。

「はい」「はい」「かしこまりました」「承知しました」「わかりました」「やってみます」「ありがとうございます、また教えてください」「ごめんなさい」「申し訳ありません」こういう言葉も、ふつうの人でもとっさには出てこない。だから電車の中だって、みんな謝らないじゃん。あれは全員 コミュ障 だからなんだよ。

ネットの掲示板とかで、「あいつ コミュ障 じゃね」とディスっている人ほど コミュ障 なんだよね。自分の意見を言うべきときにきちんと言えない人、相手に寄り添ったコミュニケーションができない人は想像以上に多いものだよ。

バブル逃げ切り組、つまり、現在の60歳以上はほとんど コミュ障 なんだ。というのはバブルのときは中卒でも1億円ぐらいの貯金をつくることができたんだ。とにかく人が足りなかったから コミュ障 どころか言語障害でも自動車教習所の教官が務まったんだ。

今の人手不足っていうのは、本当にえり好みがすごく激しい人手不足で、たとえば底辺職と呼ばれる職種だと、学歴があるととってもらえなかったりする。もちろん逆もあるけどね。

アラフォー以下は単語だけで話ができるから、きちんとした言葉遣いで、文章で会話することができない。だから、簡単なことは伝わるけど、込み入っている事情とか、登場人物が多い話の説明がよくわからない。

それは事実ですか、意見ですか? それはあなたの考え? 誰の考え? と尋問するようにひとつひとつ聞かないと全体像がつかめない。そのいっぽう、やつらが上司だと、鴻巣さんの話は長くてわからない、とか言われるんだな。

とにかく、ひきこもり、8050問題と コミュ障 問題はなんの関係もないんだよ。50代60代のひきこもり原因が退職によるもの、というのはよくわかる話だけど(再就職できないもの)、 コミュニケーション能力なんて言葉はもうすぐオワコンになると思うんだよ。