今回の禁止薬物で逮捕された人は非常に多忙だったようですね。多忙でストレスが強い仕事、あるいは不向きな仕事、大きな矛盾を抱えるような仕事、強いプレッシャー、強い責任感、マジメな性格、こうした人は精神疾患にかかりやすく、それを原因として引きこもりになってしまうこともあります。

芸能界、金融、不動産、さらにはトラックドライバーや運輸関係者、福祉ビジネスに至るまで、人の命を預かる、突然休むことが許されない、というプレッシャーに常にさらされている人たちはそのプレッシャーをやる気に変えて働けているときはいいのですが、多くの場合は少しずつ壊れていきます。

多くの場合、飲酒、煙草、コーヒーなどで紛らわせます。戦場での薬物濫用は暗黙知ですし、バブルの頃は、毎晩ウィスキーのボトルを半分「接待飲み」して、車を30分運転して帰るのは当たり前、と豪語していた人はたくさんいました。

飲酒運転に甘い時代は平成の半ばぐらいまで続いていました。アナタそれやっちゃ絶対ダメな人でしょ、というような人たちが法律違反を奨励していました。

コンプライアンスというようなことを日本で言い出したのは2003年頃でした。それでもその当時はまだそういうカタカナ語は浸透しておらず、団塊の世代の多くの人は「わけのわからない生意気な言葉を使いやがって」という空気だった時代がありました。「固いこと言うなよ」ですべてが黙殺された暗黒の時代です。

ブログでは時代の空気とか気分ということを言うことがありますが、日本は空気で支配されている社会ですから、それぞれの会社や業界、家族の中でも空気に支配されてしまいがちなのです。

マジメで仕事ができる人のところにはどんどん仕事が集まってきますし、マジメな人は休みを取れないので(休日まで語学の勉強をしていたりします)、徐々にむしばまれていきます。

たとえば体調の不具合、風邪の症状などは、何日か安静にしたりするだけでなく、集中力を必要とする仕事とは全く別の趣味やボランティア、あるいは家事などの作業を負担にならない程度にやるのがいいのですが、「空気」に縛られているとそれができなくなってしまいます。

たとえばITプロジェクトマネジャーやシステム系コンサルタントはマイクロマネジメントをしなくてはなりません。全体の設計図だけ書けば終わり、ということはなかなかなく、WBSといって、単位業務のやることリストの進捗を毎日追わなければいけません。

私の経験ではステークホルダー(利害関係者・仕事のパートナーや上司部下)が50人程度で3か月から半年程度のプロジェクトでプロジェクトが一段落するとすこし休暇がもらえたころというのが一番幸せでしたが、人にもよりますし、状況にもよります。

ほとんどの仕事は終わりがなく、毎日どんどん業務が膨らんでいき、無理難題をつきつけられる、次から次へ仕事が増えるけど断れないし、受けた以上はやらないとダメだし、寝る時間も気分転換もできない。

睡眠障害を起こすようになり、睡眠薬を処方してもらったり、気分を楽にする薬を処方してもらったりしてコントロールしているつもりになっているうちは良いものの、実際には無理しすぎてある日ポキンと折れてしまう。

あるいはもっと早い段階で、普通の人がやらないような行動を起こしたり精神状態がおかしくなっていることを自覚して休養するというケースもありますが、無理がたたって我慢していた場合には周りに理解者がいないこともあり、引きこもりになってしまいます。

本当の引きこもりは、身体に力が入らないところまでいきますし身体じゅうが痛かったり、皮膚に発疹ができたり、しかしいくら調べても病気が見つからない、という場合もあります。

重篤なケースでは、電車に乗るのも怖くなりますし、道を歩くのも不安になります。医者にいくどころではなく、またお医者様にみてもらったからといってよい方に転ぶことが約束されているわけでもありません。

ただ引きこもりが長くなると怠けているようにしか見えなくなってしまうことから、精神科を診断して病名をつけてもらい、支援を受けやすくする流れが一般的ではありますが、ここでも厄介な問題が起きます。

心が疲れてしまった場合、特に破綻してしまった場合、適切な治療や支援が受けられる可能性は1割以下と考えてください。精神科治療の場合(受診したのが内科や心療内科、整形外科であったとしても)、投薬治療が主軸になります。

心の壊れ方というのはレントゲンには写りませんから、エビデンスが確立した標準治療というのはないのですね。その先生にとっての標準治療があったとしても、それで治るかどうかは賭けに近いところがあります。

言ってみれば、未知の生物に食べられる餌はどれなんだろう? という話なんですね。基本的には弱い薬、副作用の低い薬から出していきます。

睡眠薬も心が健康な人には非常に強い働きをするようなものであっても、心が本当に弱っている人、折れている人には全くきかないこともよくあるのです。

多剤処方、とか、薬漬け、という言葉が悪いイメージで一人歩きしていますが、この症状については、薬を複合的に使用することで初めて効果が出ることが少なくなく、しかもかなり強力な薬を使わないといけないケースもあります。

非常に大きな問題は、いわゆる禁止薬物とは違い、処方される精神薬の多くは、2週間程度決められた量を飲み続けないと効能が見えない、というところにもあります。

禁止薬物の売人は繁華街などで「すっとするヤツあるよ」「気持ちよくなるヤツあるよ」と声をかけてきますし、多くは脳神経を潰すぐらいに作用するものでしょうから、そういう効果はあるのでしょうがすぐに消えてしまうため、身体がボロボロになるまで連用してしまうのでしょう。

精神処方薬にも気分を楽にしたり、感覚をボケさせる薬はありますが、特に精神的に辛い人にとっては、マイルドに作用しますし効用が現れるのに時間がかかるのですが、そこまで待てない人がいるのですね。

精神疾患が心の風邪、みたいに言われたことが誤解のもとでもあるのですが、風邪なら三日で治るよ、みたいな印象でいると、なんだかんだ、決められた時間に決められた回数の薬を飲み続けるのは大変なので、効果が出てこない場合があります。

鎮痛剤などもそうなのですが、身体に合う、合わない、というのもよくあります。体質によって受け入れられる薬が違い、ある人にはよく効いても、別の人には副作用の症状だけが辛くて期待した効能が出ない、ということもあります。

精神疾患の場合には、現在は薬の選択肢がかなり多いため、二週間ごとにどんどん薬を変えていって、お医者さんを信じて頑張って、3か月ぐらいでようやく体質に合う薬を見つけることができる、ということは珍しくないようなのです。

しかし、ほとんどの人はそこまで待てません。「モルモットにされている」と言って、医者に不信感を持つようになります。

一方、お薬以上に、お医者さんとの相性の問題があります。1割というのはそういう要素もあるのだ、ということです。

また、根本原因が仕事や生活環境からきている場合には、結局、治療ができても再発危険性が高いわけですから、そういう要素もあるのですが、きっかけは仕事や生活環境だったとしても、本当の原因は本人も自覚していない、家族にもわからないところにあることが多く、この辺はカバーされにくい課題になっています。

「インフルエンザのように強い薬を飲んだらすぐ治る」「禁止薬物のように飲んだらすぐ気持ちよくなれるはずなのになれないのはおかしい」という先入観が薬の濫用、つまりOD(大量にまとめ飲みをすること)や、禁止薬物への誘惑につながってしまっているとしたら、本当に残念なことですね。