ひきこもりは親の問題、と前回申し上げました。「ひきこもり親の会」が全国組織としてあるのは恐るべきことです。「親をなんとかしないといけない」のに「親がなんとかしないといけない」という考え方を取っているかぎり、ひきこもり問題は重症化するいっぽうです。

そのひきこもり親の会が、全国のひきこもりの調査を率先して行い、ひきこもりの子供をなんとかしてくれ、と行政に支援を求めている。もう悪い冗談にしか思えません。どうしてこんなことになっているのでしょう?

AAの影響が大きいといいな、と思います。AAというのはアルコール依存症の酒を抜くために励ましあうための会で、アメリカのあちらこちらのさまざまな場所で毎晩のように行われています。

AAは基本的には反省会です。自分がアルコール中毒時代に、どんなひどいことをしてしまったか、しゃべりたい人はしゃべり、みんなでそれを聞いてあげる。お互いに本名などはさぐりあうことなく、話すことで少し楽になる。

AAではスポンサー(助言者)がつくしきたりになっており、たとえば急に酒を飲みたくなったときなどに連絡をとって、助けてもらったり、ということを行います。

AAを運営するために、場所の無償提供などを行ったり、寄付金を集めたり、コーヒー代くらいを入れたり、いろいろな運営方式がありますが、ビッグビジネスというわけではなく、しかしアメリカ人はほぼ誰でも知っています。

日本では断酒会、みたいなものが、存在することは存在しますが、ムラ社会大好き人間、井戸端会議で近所の人を侮辱しあうのが大好き文化なので、他人を批判することなく、他人の話をがまんしてずっと聞く、という文化はまったく育ちません。

「ひきこもりの集う場を提供して」と阿呆な活動をしている人たちも、AAみたいなことをやりたがっているようすです。できないのに。というか意味がありません。ひきこもりは中毒患者ではないのですから。

いや違う、オフサイトミーティングのようなことがしたいのだ、というかもしれません。まあ、彼らがオフサイトミーティングという言葉を知らないっぽいのは明らかですが。やってもいいけどあんまり意義がありません。

まず、ひきこもりの人にオンサイトがない、という問題があります。昔は働いていた場合はあるはありますが、そもそもない、という人もいます。今の会社は昔の会社とは違いますし、派遣でしか働いたことがない人と、正社員だった人とのメンタルは違います。外資系かどうかでもぜんぜん違います。

日本人は単一民族、みたいなアホなことを言っている人には考えられないほど、同じ日本人でありながら、同じ小学校を出ていたとしても、本当に多種多様な人がいるのです。そういうバックグラウンドがぜんぜん違う人を集めてオフサイトミーティングを行っても、なかなか腑に落ちる会にはなりにくいんですよね。

オフサイトミーティングには7つほどの基本ルールがあります。最初にそのルールを全員で読み上げ確認しあいます。そして司会者を決め、書記も決め、それからみんなでテーマを出し合って、できるだけたくさんの人が興味をもちそうなテーマを選んで話し合いをします。

そんなことが、ひきこもりの人にいきなりできると思いますか? 訓練を受けた司会者とオブザーバーが必要です。こうした会は、「集団認知療法」といういんちきくさい名前をつけて行われることもあります。集団認知療法は、もう少し違うシステムなので、いつか機会があったらお話しますね。

テーマは毎回違う、かと思うと、けっこう同じテーマが何回も討議されます。出席者によって新しい気づきがある場合もありますが、ひきこもりの人たちが抱えている問題はとても多いので、数十時間行わないといけないでしょうし、親御さんたちが望む、就労の方向に向かうことはなかなかありません。

かといって、親の都合のよいようにミーティングをコントロールしようとすると、会そのものが破綻してしまいます。こうした弱い人たちのゆるやかな結びつき、というのは、とても脆弱なものなので組織とは呼べませんし、運営は非常に困難です。そして、果実が実る可能性がそれほど期待できません。

「ひきこもり会」が大成功した場合、ひきこもりの人たちにとってそこは天国となり、その会から脱出することができなくなってしまいます。そういう制度設計をしていないので、とりあえず部屋からの脱出をもくろんで引きこもり会を運営した場合、外こもり集団を作って先に進めなくなってしまうわけです。

外に出られるようにするためには、ソーシャルスキルトレーニングなどを実施しないといけないのですが、昔と違って、ソーシャルは一様ではなく、どこでも通用するスキルをいきなり身につけることができません。

相変わらず日本はムラ社会大好き人間であるいっぽう、ひきこもりの人たちは頭の中身はともかく、外見だけはそうとうおじさん、おばさんになってしまっているので、かなりのソーシャルスキルを要求されるのですが、それを教育できるボランティアさんというのは、ほぼありえません。

福祉のボランティアさんというのは、大きな会社を定年退職して悠々自適であったり、自営業でずっと仕事をしている合間の時間を縫ってきてくださるかただったり、あるいは専業主婦だったりするので、コンビニバイトの採用面接のシミュレーションもできないのです。

実社会で役にたたないソーシャルスキルをトレーニングして、なんの役に立つのでしょうか? あるいは本当の厳しい社会の面接を受け入れられるような精神状態に、ひきこもりの人たちはなっているのでしょうか?

ひきこもりだけを集めてミーティングをやった場合の悪影響というのも心配されるのですが、そうしたことも全部無視されて、場の提供を、という声が強くなることに本当に危険なにおいしかしません。そもそも場なんてものはいくらでもあるんですから。ひきこもりの人たちが集まりやすいプレイングルームを用意してボードゲームなどを用意してって、どうなんでしょうか?

これまで見てきたようにひきこもりの当事者の会はあまり意味がないか、いろいろ解決すべき問題点があります。というよりそれを解決するより、そもそもそんなものはやるべきではないのです。そういう装置はすでに存在しているのですから。そこにたどりつけていない人たちをどうするか、という問題が先です。

それとは別に特に困るのがひきこもり親の会です。もう非常に活動は多岐にわたっているようですが、ゼロはいくつ足してもゼロですし、マイナスは足していくとどんどんマイナスになってしまうのですけれど、そのことに気づかない、というより気づけない。気づけるくらいなら子供がひきこもりになったりしない。

ひきこもり脱出のケーススタディをいくら学んでもたいがいが無駄です。ひきこもり脱出は専門家に任せないとだめなんです。親は邪魔です。どうしても関わりたい場合はご相談ください。それなりの覚悟を持った上でご相談ください。なぜ覚悟が必要か? 「コンピュータの使い方を教えてください」と言われても誰も何もできません。コンピュータを何に使う必要があるのか、それを聞かないと教えられないのです。

うちの子がひきこもりになって、経済的に苦しいし、みっともないのでなんとかしたいんです、では「そんなこと知らないよ」という話です。それって親の都合でしかないから、ですし、親御さんとして責任ある態度とも思えないからです。

「私の子供が何かに苦しんでひきこもりになってしまったようなのです、助けていただけませんか?」といえないものですか? 「親である私はどのように手助けしたらよいでしょうか?」と聞くことはできませんか? 「どうしてよいのか途方にくれてしまっているので、相談させていただけないでしょうか」という、当たり前の態度に出られないのでしょうか?

あなたがたがいやなものは、私たちだっていやですよ、って話なんですよね。「仕事だからやれ」「金払うからやれ」でもないんですよ。クライアントさんやクライエントさんは上司ではありません。「お金は出しても口は出さない」が原則です。

ひきこもり問題解決に親御さんの協力は必須です。協力だけでなく覚悟も必要です。今までと同じ考え方では何も変えることができないからです。つらい現実を受け入れる必要があるかもしれません。しかし、親が思ったような解決になることは非常に困難です。そして、問題解決に親は邪魔になります。

7年以上のひきこもりが30万人以上いる、という現実をきちんと受け止めて欲しい、というのが第一点、世の中に99%解決できる、という業者がいますが、そんなわけないでしょ、というのが二点目です。ひきこもり問題が解決しなかったから8050問題に昇華したんですから。

ひきこもり脱出はとても困難です。脱出できなくてもがき苦しんでいるお子さんの心の中は誰にも見えません。ただのわがままで怠け者の子供、に見えていることも多いでしょう。もちろんそういう要素もゼロではありませんがそれがすべてではありません。

脱出支援ができてしまう人がここにいる、しかも、本当にめんどくさいのに、自分の人生を削って他人を救おうとしている人がいる、という話なんですね。興味をもたれましたらお電話お待ちしております。