最近の年よりというものは本当に物を知らない。若者の知らなさぶりにも呆れることがあるが、無知な年配者に愕然とすることの方が多い。

最近の若者はメモを取らない、と嘆く大学教員も多いのだが、それは年寄りの方が顕著だ。メモを取らない。同じことを何回も訊く。説明しても理解できないことをそのまま流してしまう。

よく、これまでこれでやってこれたものだ、と思う人たちがとにかく多い。そして、働きづめに働いている若者たちの年収より多い金額の年金をもらっている。

年配の人は威張ってこれたので、説明がタダだと思っているらしい。自分が知りたくなったら、オンデマンドで誰かが教えてくれる、と思い込んでいるし、今のところギリギリ維持されている。

たとえば道が分からなくなると、通りすがりの人に尋ねる。相手が白髪頭や外国人だったりすると、今のところ丁寧に教えてくれる人は多い。昔ならば関西人は知らんがな、と通り過ぎるところだが、日本中礼儀正しくなり大阪であっても親切だ。

一方若者にはスマホという武器があるからいつでもどこでもオンデマンドでどんな質問にもたいてい機械が答えてくれる。ただその多くが誤った情報であることを判別する能力を備えていない。

日本の社会を維持するのにはかなり厳しい状況にどんどんなっていく。長く、ゾンビ企業を活かしてきた、仕事もできないし私生活も充実していない、物を知らない人たちだらけの国になってしまった。

そんな国なのに、ここ新大久保、高田馬場、池袋あたりは入れ替わりたちかわり、以前は南米人たちが、今はアジアの人たちがたくさん集って、商売を始めている。

日本人のレベルが低いので外国人が商売をしやすいのだ。海外を見渡してもそういう地域というのはけっこうある。ただ、都市の一部にしか過ぎない。ところが日本は日本中あちらこちらで外国人村ができている。看板も会話も外国語。食べ物もレストランもその国の人たち向けだから、日本語のメニューが乏しかったりする。

以前は、共通言語が日本語だったが、最近は英語だったり、中国語だったりマレー語だったりする。時々どこの国にいるのかわからなくなることもある。残念ながら日本の法律を順守しているわけではない。そのため、日本人が競争で負けてしまうシーンもある。

しかし、引きこもりにとってはとてもチャンスだ。何しろ、就職してずっと働いていた人より情報をたくさん持っていたり、自分で考える能力を持っていたりする。

日本人が日本の中で外国人の部下になって使い走りのようなことをさせられるのはプライドが許さない、という人もいるかもしれない。でも、日本人の40代は、留学ブームでアメリカで頑張って大学を卒業したのに仕事がなく、皿洗いの仕事で食いつないでいた人もいます。

そういう仕事しか外国人には残されていないから。アメリカの最低時給は千円以上で平均時給は30ドル近いことに表向きはなっている。しかしアメリカには移民、特に不法移民や不法滞在者そして刑務所という安い労働力が大量にある。

レストランのようなところでは日本の最低時給よりはるかに低く、食事がつくのとチップで生活している。アメリカに音楽修行に行っているような人たちの生活も同じようなものだ。音楽はまだいい。レストランで演奏できるから。ダンスや歌、となると本当に限られてしまう。

何に怒っているのかと言えば、8050問題について官民連携で対処していきましょう、という切迫感のなさが、まさにゆでガエル状態の日本の象徴に見えるのですね。

インタビューをして集計したり生データをたくさん集めても何も解決しないのです。そんなことは最初から分かっているはず。 事情のない年寄なんかいませんよ、と浮浪雲はいいました。50年も80年も生きている人はみんなそれぞれの人生があって、それぞれが全く違う。それを認めるところから始めないと何も生まれないし何も変わらない。